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2013年1月27日 (日)

黒色土器・藤原氏のルーツ

黒色土器・発掘現地説明会  127 ももちゃん

明日中に「謎の藤原氏のルーツ」のゲラ原稿を出版社に届けるため郵便局に出向いたら、途中工事中で迂回して、帰りは別の道と思い途中の地域図書館に寄ったら、今日発掘現地説明会というので急いで行って見たら説明会は終わっていて、出土品の黒色土器や須恵器や私は緑釉だと思ったが説明の人は何とか言ったが、土器が少量並んでいた。出土品は少なかったようだ。触っていいというので黒色土器を触ってみたら、指をこすりつけたらかすかに指に墨が付いて黒く汚れた。別の黒色土器はしっかり炭が土器に付着していて手には付かない。明らかに後者は釉薬を掛けていると思った。でも説明者は釉薬は使っていないという。一つ染付けのような素晴らしい土器が出土しているので、釉薬を使っていると思ったが、其れをいうと説明者は釉薬ではないという。土器の断面を見るときれいに胎土と釉薬が層になっている。それに土器の厚さは縄文土器同様に1cmも有る厚い土器だ。土器底は糸きり痕が残っていたが、一つは赤い土器かなと思ったら、いえ違いますとのこと。赤く染めた土器と思った土器の断面も綺麗に縞模様になって白い胎土の部分は残っていた。この土器は意識的に染めていると思ったが、ちょっと注意を喚起する程度に、「これは釉薬付けてると思うけどねー」と若い担当者に言って他の担当者が展示品を片付け始めたので、質問はしなかったが、担当者と是非何時の日か土器の焼成技術の議論をして実験してみたいものだ。
 松本・塩尻地域は黒色土器の多出する地域で、かつては黒色土器の特産地だったようだが、何故黒色土器を焼いたのか。同じ時代頃長野・佐久地域で赤い土器が大流行していて、松本地域にも入ってきていた。その赤い土器勢力に敵対して、黒い土器を考案したのではないだろうかと思ったりしている。そして松本地域では赤い土器の出土は僅かで黒い土器一色の時代になっている。この黒い土器をシンボルの一つにしたのが、穂高見尊という超古代の縄文中期後半に松本・塩尻を支配していた超古代の種族の一人の尊と推定している。安曇野はこの穂高見尊が開拓したという伝承が穂高神社に残っている。
 この穂高神社や安曇野を切り開いた穂高見尊文化が、日本の縄文後期の時代設定のネックになっている  と考えています「製鉄のルーツは日本

原村

・茅野等だった」ことと同じように「須恵器や陶器もルーツが信州松本・塩尻だった」と言い続けます。他のルーツも一杯日本にある事も、早く古代史をやってる人たち皆さんに見つけ出して欲しいですね。

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