« 大震災から4年・原発の汚染水垂れ流し | トップページ | 桜の便りと金沢・金箔と »

2015年3月16日 (月)

富山・石川・出雲の縄文巨木遺跡と北陸新幹線開通

石川・富山の縄文遺跡と北陸新幹線開通

211_2       220pxtikamoriisekikouen1  201406302203171  Mawaki99_091   Mawaki99_061201406302218251



北陸新幹線金沢まで開通でテレビ局が湧いていた。富山・石川等の今まで余り日の当たらなかった日本海側が東京と繋がった。金沢のしっとりした日本的文化の伝統技術の工芸品等に多くの観光客が触れることになって、今の若者にも日本の美を味わってもらうのには私も大歓迎。
 
 日本海側には縄文時代の古くから北前船が各港を結んで活発な国内交易+中国等との交易で活躍していた。縄文後期に位置付けられている「青森三内丸山遺跡」に始まって金沢などの巨木遺跡「チカモリ遺跡・真脇遺跡」そして出雲
等北陸各県には、巨木文化の素晴らしい遺跡が並んでいる。何故こんなに沢山、巨木遺跡が並んでいるのだろうか?と考えた時、縄文時代の製鉄を主張する私にとっては絶好のチャンス。多く残された巨木の伐採は鉄がなければ不可能だという結論に達するだろうと推定できるから。現代は多くの巨木を「石斧」で伐採したと曖昧に解釈されているが、北陸に並んだ多くの巨木遺跡文化は、縄文時代製鉄説の私の有力な傍証でもある。「御柱祭火と鉄と神と・彩流社を参照ください」・・・。これ等製鉄文化は大陸から伝播したものだと多くの考古学者・常識は主張する。でも私は縄文時代製鉄の根拠を遺跡や出土品から「生活科学の目で考えて」既に見つけ出したと考えています。・・ですので皆さんと「縄文時代製鉄論・縄文時代の製鉄はありえたか・・石斧で巨木が伐採できたか?」をくり広げられることを楽しみにしています。
 
 では製鉄材料はどうしたのかと疑問に思っている人も多いでしょう。それは当然縄文古代から日本で強い力を持っていた出雲に有る銅鉱山(鉄鉱山でもある)によると推定しています。製鉄材料はわざわざ朝鮮から輸入するまでもなく、「出雲の豊富な銅山・鉄山の鉄(銅)」を北前船等で運んでいたと生活科学の目で考えれば思い当ります。
 
 そして太平洋側に都市・文化の中心が移った縄文後期後半になっても寒い北陸各県ではそれまでに培った文化を利用し黙々と伝え、今の金沢・富山等の情緒ある日本文化を温存して来たのだと思います。
 
 この機会にぜひ北陸の古代遺跡の多くを観光の合間にのぞいてみてください。きっと新しい、そして古い日本の発見が出来ますよ。そしてその後ぜひ「縄文時代の製鉄はあり得るか論争」を皆さんと繰広げられたらと願っています。

 

« 大震災から4年・原発の汚染水垂れ流し | トップページ | 桜の便りと金沢・金箔と »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

ももちゃん、初めまして。わが国の古代製鉄についてですが、実は播磨が出雲に先行しているのです。そのことは出雲の金屋児神社にも「播磨から伝わった」とあり、播磨にも「ここより出雲へ向かう」との伝承があります。
播磨でのもっとも古いたたら遺跡、高保木遺跡(岡山大学の近藤義郎氏が発掘)では弥生式土器が出土しています。
私は播磨の鉄山師、平瀬源右衛門清信の末裔dす。

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 富山・石川・出雲の縄文巨木遺跡と北陸新幹線開通:

« 大震災から4年・原発の汚染水垂れ流し | トップページ | 桜の便りと金沢・金箔と »