« 瓦塔から木造三重塔へ | トップページ | 仏像のルーツは松本地域 »

2015年4月 6日 (月)

善光寺ご開帳・仏像のルーツ

Gokaichomain1 Cimg9410  Pn2015040501001228ci00031 Principal021
 P5905a1 

善光寺ご開帳・仏像のルーツ(動画で善光寺仏像の紹介を書きました。見てね)
桜に柳の柔らかい芽吹き、自然の美しさ
 大自然は神が作られたのです。

 
 ところで春浅い信濃路の善光寺の7年一度の御開帳が4・5月一杯行われている。春遅いと言ってもそろそろ桜も咲き出すことだろうし、皆さんも「一度は参れ善光寺」と昔から言われるように、ご参拝されるといいと思います。誰も見たことのない善光寺さんの一光三尊仏、そのお前立ち仏として三仏立像と糸(赤い糸?)で結ばれた回向柱。
 
 仏教寺院は本来は女性は穢れた者として遠ざけられていたけれど、善光寺さんだけは古代から女性が大手を振ってお参り出来たお寺として全国的信者が昔は多かったようです。
 
 善光寺信仰は古くは民間信仰として、仏教より古くから日本に根付いた信仰だと、もう他界しておいでだと思う「五来?博士」が書いています。
 
 私も縄文古代史から出土遺物などを「生活の科学的な易しい視点」から見てきて、不思議に思っているのです。それは縄文時代世界一繁栄した中期頃の八ヶ岳裾野から諏訪湖一帯に世界一多く出土する遺跡群・土器群の中に、縄文のビーナス土偶が棚畑遺跡から出土し、宗教者と思える仮面を被った仮面の女神土偶が近くの茅野市から出土していること。更には男性のシンボル的「石棒」長野県内の村々に多く分布出土していること。この事実はあたかも日本神話の古事記に出てくる「三貴神」を地で行っているような出土品と思えるのです。この不思議は続いて、善光寺の本尊とされる一光背三仏立像は日本神話の三貴神「天照大神とスサノオの尊と月読みの神」を祀っているかのようだと、思うのです。多分その三貴神の三位一体の仏像の最も初期と思われる小さな銅製仏像が松本市内の遺跡から出土していて・・・・不思議な古代からの一致です。
 
 そして今調べている瓦塔(土師質の弥生土器と同じ焼成方法の瓦塔)が同じ松本地域で初期的なものが多く出土しています。さらに戦後間もない頃までは松本の荒れが先(蟻が崎地域)に洞窟のような場所があって、その洞窟に天照大神は隠れ、その岩屋戸を多力男尊が天照を引き出し岩戸を投げて今の戸隠(神社)に岩戸が飛んで行ったと言われていたという伝承を、微かに古老達が伝えていたという話。更には戸隠は日本有数の山岳信仰の聖地。
 
 ヤッパ日本の民間信仰は松本・塩尻辺りから形になって仏教的要素をいろいろ取り入れて民間信仰・山岳信仰に形を変えて行ったのかも知れない等と思います。更に天照大神の現魂は機織姫だったと伝え、伊勢神宮の神器の一つに機織り機が祭られている事実、ご存知ですか。善光寺最高位
のご聖人さまは皇室籍のある女性でないとなれないそうです。皇室とは強い関りのある善光寺さんでもあるのですね
 一光三尊式阿弥陀如来(善光寺如来) 

« 瓦塔から木造三重塔へ | トップページ | 仏像のルーツは松本地域 »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 善光寺ご開帳・仏像のルーツ:

« 瓦塔から木造三重塔へ | トップページ | 仏像のルーツは松本地域 »