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2016年4月 3日 (日)

御柱祭・諏訪と縄文時代製鉄(ももちゃんの古代史)4・3

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御柱祭・諏訪と縄文時代製鉄
(ももちゃんの古代史)4・3
7年一度の御柱祭が雪解けの宮川を渡って、一先ず休息。諏訪地域は縄文中期の遺跡が世界一多く出土するが、御柱祭の昨日・今日は奥山から巨木を人力のみで切り出し諏訪大社上社に祀る祭り。何度か見に行った懐かしい思い出があるが、巨木をどうやって切りだすか。当然鉄器(鉄斧)の存在があるはず。青森の三内丸山遺跡の巨木の建物も縄文中期後半の遺跡。三内丸山遺跡では鉄器はなかったとの事だが?。石器では硬いクリ材は伐採は不可能と考えられる。 ・一方で縄文土器を焼く焚き火の温度(800℃前後)や自然界の中にあるカッ鉄鉱(高師小僧等)等の不純物の混入が多い鉄鉱石の熔解温度は、500℃程度だから製鉄は行われていたと考えた。そして製鉄は自然界の偶然から製鉄文化を築いたのは推定では8000年以上も以前頃。八ヶ岳から諏訪一帯は古代の製鉄材料のカッ鉄鉱は豊富だったことが考えられ、巨木を伐採できる文化を築いた誇りを御柱祭として現代にまで継続して来た人々の心意気が世界一勇壮で純朴な祭りから伝わってくる。御柱祭が今なお人力のみで行われることが、縄文時代の製鉄技術の傍証だと考えます。 ・日本の縄文時代は製鉄時代だった事は確かだと思いますよ。「御柱祭火と鉄と神と・彩流社・百瀬著」嘘だと思ったら読んでみて下さい。!!。

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